昭和40年01月06日 夜の御理解
今日、夕方でした。二階にちょと上がらせて頂きましたら、小さい子供たちが三人で、勉強しとりました。それを長女が見てやりながら「ほんとにみんなうちのものは頭が悪い」ちゅうてから、言ってるんですね。けれども「私達も、悪かったばってんから、もう、この人たちゃ、特に悪かごたる」という話からでしたが、「その点、勝彦ちゃんなぁ、えらかったねえ」ていうて言うんです。私は今日はじめて聞きました。
そりゃもう、そりゃほんとに、も、名代の悪さでございましたが、勉強もそんな訳で、もう全然そのいたしませんですねえ。ところが、あの、小学校六年生の時だったそうですが、その、掛け算の九九をよう、その、覚えてしまってなかったらしいですね、勝彦は。ところがその、もう六年生ともなると、やはり考えるわけですね。もう中学校に入らにゃなりませんし。ね。
それでその、妹の泰子にですね、ずっぅと、「俺はあの、算数が出来んから、ひとつ基礎から教えてくれ」ちゅうてから、その毎日、泰子に習っておったという事です。泰子が、「兄ちゃんな、えらい。兄ちゃんな、えらい」てその、言いよったそ〔うです〕。私はそんな事、私は迂闊ですから、その全然、子供の勉強なんかも見てやった事もないですけれども、そんな事、横で聞かせて頂きながら、「えらいなあ」と私は思いましたね。とても誰でも出来るこっちゃなかですね。
「俺はもう算数ができんから、もうあのその、一番基礎から教えてくれ」ちゅうて、毎日、あの、しばらくじゃあるけれども、泰子に習ったという事ですね。妹の娘ですたいね、泰子は。歳にすれば二つですか、三つですか下になります。ね。ほんとに私、ほんとにえらいなあと私は思いましたがねえ。昔から申します、ね。「習うのは一時の恥だと。習わんのはもう一生の損だ」と。ね。ほんとに、例えば、それはその、自分の身分が下のものであろうがです。
歳下のものであろうがです、例えばその妹からでもです、本気で習おうと思うたら、「教えてくれ」と言うて、その従服して習おうというのが、私は有難いと思うですね。そして、んなら妹が、ひとっつも兄ちゃんを軽蔑してないという事です。「素晴らしいなあ」いつまでもその「兄ちゃんは、えらいなあ」と言うて、その泰子が言うという話を、今日、豊美から聞かせてもらいましてね、もう私はほんに、ほとほと感心しました、この事には。まあ息子のことを言うて、おかしいですけれどもですねえ。
まあそりゃ、私立高校じゃぁありましたけれども、それからもう、本当に、あの、それからもう、大変な勉強を致しましたですもん。そいでもう、一番、普通のものが苦手にしておる算数と、今度はその英語がこの人の得手でて。私立高校ではありますけれども、出るときにゃ、もう、七番でしたからねえ。ええ。ほんとにあの、自分の息子の事<じゃあるばってん、えらいでしょうが。ね。見栄とかね、プライドとかね、も、こげな詰まらんものはないですよ<はっきり言って>。
ましてこれが信心においてですて、助かるという事になる、徳が受けられるという事になったらですね、それこそ、私はそんな事は言うてはおられんと思うんですけどね。私はそれに良く似た話を、今日聞かせて頂いたんです。今日ある事で善導寺の親先生がみえられました。私と久保山先生、それから高芝さんと、それから福島さんとそのまあ三、四人を前にしてから、ま一杯差し上げてながら、そのお話しになるんですねえ。
「もう丁度今日はおかげ頂いた」と。明日は善導寺の総会でございます。昨日まではもう毎日詰まっとって「昨日はまたあんた桜井先生のこつで、また福岡行きじゃった。久留米関係は、ひがしばたなか先生まで呼ばれて、そしてそれはもう大変な事じゃった」という話をなさいました。ね。まるきりその椛目がですね、椛目がその桜井先生をそそのかしたような言い方だそうですもんねえ。それでも私は有難いと思う事は、福岡の手続きの先生方の中堅の先生方がみんなその、椛目のことを支持して下さっておるという事を、親先生から聞かせてもらいました。ね。
そりゃ、もういろいろな話しがあったそうでございますけれどもが、枝にも葉にもならんような事を、その、そうだと言うて、そのまあ、憤慨しとられる訳なんですね。それでその、親先生も、その事はもう、私からも桜井先生からも、よく聞きとっとられるですから、「そういう事は、絶対ありません」と言うてまあ言い張って下さった、と言うて、今日言うておられました。中にですね、これは大橋教会の小出という先生がおられます。こりゃもう福岡の教会の<出社>、弟子さんでは、もう中堅のよかとこです。
そりゃ最近までは、非常に椛目のことを悪くも言うておられ、まあ、ある意味では、恨まれ、恨んでおられたらしいですね。そりゃやっぱそうですもんね。丁度、秋永先生ところの、ほんの筋向かいのような所に教会があるとですけん。筋向かいの畑の中にあるですもんねえ。それにやっぱり、椛目の、んなら支部があそこへあって、金光様の信者がたくさん、あそこに、たくさんていうが、みんな集まってから。」
ま、夜も夜中もないようにして、信心の共励をいたしておりますから、ほんと言うならば、目の敵にされても良いところなんですね。ところがその、桜井先生から椛目の話を、よぉ〔く〕聞かれてですね、「もうとても、今時そげな先生はおらんて」と言うて、その、あま、言うておられたという話は聞いておりましたけれどもですねえ、「椛目の大坪先生が言われる事が、ほんなこつじゃないかと。
例えば、福岡の教会のことでも、こういうような風な御理解を桜井先生は頂いてみえとるという話しゃが、事実そうじゃないかと」と言うて、その、あま、言うことに対して、非常に、あの、皆さんがですね、「そりゃもう、そうそう大坪先生が言わっしゃる通り」と言うて、その、ま、感心されたという事ですね。中にです、その、「小出先生、あなたは大坪さんのことを、どうしてその、大坪先生と言うですかち。
教師でもないものに」ちゅうてから、反発する先生もあったそうです。それでその、小出先生が言われたそうですたいね。「あれだけのたくさんの人がです、ね、大坪さんを、『大坪先生、大坪先生』と言うて大事にしておるという。あれだけ、みんなが尊敬しておるという、その人をですたいね、いわば、その尊称をもって奉るとは、先生と言うのは、当たり前じゃないかち。教師も信者もないて。
問題は人が助かりゃいいんだと」と言うて、「もう大変な事じゃったよ」と言うて、今日、親先生が私に話して下さったんです、みんなに。それを聞きながら、私は思うんですね。金光様の先生という、なら肩書をもっとりゃぁ、信者から教えてもらえんのかと。私は。事それが、おかげを受けるとか、徳を受けるというような事であったらです、例えば、信者にでもそういうようなひとがおるするならば、辞を低うしてでも、習いに来るくらいな、私はおかげを頂かなければ。
それで私は、信者は、「うちの先生は、信者の所に、教えを請いに行きなさった」と言うて、その先生が馬鹿にされるという事は、絶対にないと私は思う。むしろ「うちの先生はえらいなあ」という事になるだろうと。同時に先生自身も信心が分からしてもらうだけでない、徳を受けられるという事になったらですねえ、有難いでしょうが。
これはまあ、それとこれとは同じ意味のような事ですけれどもです、「小出先生はえらいなあ」と私は思うたんです。「是非、機会があったら、みんなで椛目におかげ頂きたい」と言うて、その言うておられるそうです。お互いがね、つまらん、その意地とか、プライドがですね、邪魔をして、おかげを頂けれる山に入りながらでも、それを取ったら自分のプライドが傷つけられると言ったような事でですか、ね、
習わんなり、一生、知らんなりにすむよりも、分からしてもらい、一生、受けられんなりの、信心とか、お徳という事になったら、なおさらの事、私はそれが、相手が子供であっても、それにですねえ、教えてもらうという事が、ほんなこっちゃないだろうかと。これが稽古させて頂くもののですね、ほんとの、いうなら姿勢ではないかといったような事を、今日感じました。おかげを頂かなきゃいけません。